*

かた21動物病院

人とペットの良好な関係を願う

掲示板

シーカヤックで遊ぼう

私は大阪生まれです。昔、ある鳥の病気の調査の依頼を受けて福岡に来た時、愛宕神社と能古島に行き博多湾の全貌を見ました。その時から将来は福岡市に住んで「シーカヤックで遊ぼう」と思いました。

シーカヤックは海の自転車みたいな乗り物です。自分の身、自分の体力、自分の気力だけで、目標に向かって漕ぎだし、自分の力だけで漕ぎ帰ってくるスポーツです。能古島の周囲を一周するのに2時間半かかります。16kmコースです。体重は2kg減ります。ビールを飲んで食事を取ると、すぐに元の体重に戻りますが・・・・。

シーカヤックで遊ぼう。 Go Row The Sea Kayak

夢の続き:生涯目標15,000km漕波。 一気に、到着しました。 15,000km +1km(ゴールを1kmオーバーランです!)

2016年10月12日最終セクション、残りの800㎞(総積算距離15,000㎞)ゴールしちゃいました。 16km(出艇は、1回16㎞)

 

「シーカヤック漕ぎ」も、生涯目標の15,000km漕波(海の英雄堀江健一氏の記録の一つ、太平洋横断に夢の中で挑戦)を2016年10月12日にゴールしました。しかし、夢の目標達成に44年間(1972年12月16日リンガエン湾で開始)かけたものであっても、いざゴールをしてしまうと、なんだか物足りない気持ちになってしまいます。

「夢の続き、延長戦」 の開始宣言。
それで、「夢の続きの延長戦」で新しく「台北⇒福岡間、島伝い1,600km(1,000マイル) 5年間漕ぎ帰りコース」を設定し、2016年11月30日開始しました。今2017年7月1日現在の所217km(13.5%)漕波です。
題しましたテーマは「ホモサピエンスの日本人化ルートをたどる海の旅」としました。ゴール目標は「当然2021年12月15日です。このプロジェクトをスタートした1972年12月16日から数えて、丸49年間」と言う事。「生涯で!」との表現にふさわしい時間です。実はこのルート、昔の「夢の続き、の始まり」で一度通っている(リンガエン湾からのオリジナル帰国ルート;第一列島線上)既知のルートです。
 
 

「夢の続き、延長戦」「台北福岡間、島伝い1,600km(1,000マイル) 5年間漕ぎ帰りコース」

 

プロジェクトテーマ:「ホモサピエンスの日本人化ルートをたどる海の旅」

  ディストリクト3
 
 2017年7月1日
暑くなってきましたが、がんばっております。出艇二回、合計37km漕波。西表島にさらに近づきました。
 
 

2017年6月1日

野生の「クジラと海で出会いました」3回目です(2017年5月17日)。

シーカヤック漕ぎのジンクスで「海で大型哺乳動物に出会って、無事に帰ってくると、その人に幸せな事が訪れる」と言います。それで、宝くじを買うと当たるような気がしてきました。

 

かた先生の趣味は、「海でシーカヤックを漕ぐこと」ですが、時に海で大型哺乳類に出くわすことがあります。5月17日がその日でした(三度目)。場所は博多湾、能古島と志賀島間の海峡。私は能古島北端から北方向40mの海面を、外海から湾内へ(西から東へ)侵入して行くいつものコースを調子よくパドリング中。私のシーカヤックの接近に驚いたのか、今回は左斜め前方10時の方向、10m(以内)ぐらい先に現れました。自分のシーカヤックの近くに、急に水が盛り上がってクジラの体が現れるので、一瞬ビックリします。それがクジラだと言う事を認識するのに数秒かかります。「お~いクジラ、お前クジラやろ!海坊主と違うな!びっくりするがな!こちらも驚かせてすまんけど、ぶつからんといてや!!」と、言ってやりました。聞こえたかどうかは、知りませんが、離れていきました。

 
 
 
 
 
 
2016年11月 1日
2年と3カ月で最終の一セット、ゴール目標800km漕波し、復路帰国ゴールの愛宕浜ビーチに到着いたしました。感激です。皆様方のご支援と相棒CJに「やったね」の感謝の意を申し上げます。
10月5日は、台風で中止。10月12日は、満ち潮・風秒速7m・波高し、しかし根性で16km漕いじゃいました。 前月に、「10月12日ゴール予定です」を宣言しましたので、ゴールしちゃいました。相棒の居候犬CJも 「悪天候の波シブキをかぶりながら、頑張ってくれました」ゴールです。 お祝いのスパークリングワイン (ハーフボトル;868円の安物)と三ツ矢サイダーで乾杯です。花輪が間に合わなかったので、病院のクリスマス用リースを借用してお飾りです。これでも「その日の夢では、海の英雄堀江健一さんと同じシャンパン・ドンペリ」で泡あわスプラッシュ・セレブレーションでした。
 
 

(写真は、ゴールした3代目シーカヤックと相棒CJ;2016年10月12日愛宕浜)
大満足です。「ドンペリもどき868円は安物でも、CJにはもったいないので、泡立ちが似ている「三ツ矢サイダー」です。 さて、二つの困った事が発生 。 ① 15,000㎞の予定が、15,001㎞。+1㎞オーバーで中途半端な数字(漕波距離)。 ② 2,020年ゴールの予定が、2,016年と4年早くついてしまった。 かた先生の「一大決心;総積算漕波距離16,600kmへ」夢の続き+1,600km(1,000マイル)延長戦。「GO ROW THE SEA KAYAK ;EXTRA 1,600km(1,000㍄)」の開始です。 年間漕波距離320km(200㍄)×5年=1,600km(1000㍄)。2021年12月完了予定。「台北から南西諸島の島づたいで福岡」までの距離です。また「モニターボード上の今この辺りを漕いでいます」は、12月1日付で変更とします。

 

[ 夢の続き、ゴールが見えた ]

私、かた先生(獣医師:片岡昭典)の趣味は、「お花植え」と「海でシーカヤックを漕ぐ」事です。夢は生涯で15,000km漕ぐとの目標を立て、日々その漕いだ距離を積算してきました。
2014年7月に6月30日締めでの計算した所、なんととうとうゴールが見えたのです。カンゲキです。総積算距離が14,200kmをついにクリヤーできたのです。あと800kmを残すだけです。

あの海の英雄、ヨットマンの堀江謙一さん(日本から太平洋を越えてアメリカ・サンフランシスコまで風の力だけの小型ヨットを操作して、一人で行った人)の偉業の向こうを張って「私にも出来るはず」と信じる。

カヤックショップ

カヤックショップ カナダにて

しかし私にはそんな勇気も、精神力も持ち合わせもありません。それで海の上を日々シーカヤックを漕いだ距離の積算と言う、とにかくセコイ方法でプチ冒険。夢の中でそれを合成して太平洋を往復するマネッコです。それでもついに2014年6月30日現在で14,200kmをクリヤーできたんです。
15,000kmとは、日本から~サンフランシスコまで行って、ゴールデンゲートブリッジの下をくぐって、その先のアルカトラス島を一周して、日本までシーカヤックを漕いで帰ってきた距離」と、勝手に想像しています。それが、あと残り800kmで日本に到着する所まで漕ぎ帰ってきているのです。

  • 東京都小笠原諸島父島は、東京から1,000km離れた島です。そこより200kmも近い。東京~福岡間の距離に相当します。ジェット機では1時間40分で着きますが、私はシーカヤックで4年間かけて漕ぎ帰ります。
  • 800km=500マイル、ピーター、ポール&マリーの歌で「500マイルも離れて」と言う曲があります。
    海で漕いでいる時の伴奏曲はRow The Boatまたは松島大漁節でしたが、500マイルも離れても入れました。しかしチョット漕ぐパドルリズムに合わないのが欠点です。リズムに合わないのは、歌の方は「君がいる町から離れてゆく、寂しさ」がテーマ、私の場合は「君がいる町に漕ぎ帰ってくる、ウキウキ感」がテーマですから、リズムが合わないのが当たり前。 
  • 先の「記録:もう11,000km漕ぎました。」は、1999年12月31日締め夢のお話です。
カヤック置場の桟橋

カヤック置場の桟橋 カナダにて

日頃から「1回14km以上は漕ぐ(通常16km=10マイルの設定コースを漕いでいます)」ようにしています。もちろん、もうこれからは少しペースを落として、年間200kmを漕ぎ越えることであと4年間で達成できます。つまり「年間200kmを漕ぐこと」は楽勝です。

ここ数年間の7月15日~8月31日(学校の夏休み期間)は、暑過ぎるので漕いでません。
2014年7月1日以降から10月31日間、現在計7回で106km(平均15、1km)漕ぎました。明日11月5日の気象状況は、「晴れ22℃・波1m・博多湾干潮14時14分・北東の風・中潮」。カヤッキングには悪くない条件。明日は16km漕いで積算距離122kmにします。1/8達成済。

シーカヤックモニターボード

漕艇記録

2014年11月5日
静岡県伊豆半島を通過し駿河湾から富士山を眺望。快晴でもあってその眺めは最高。今日は少し距離も稼げそうです。
2014年11月19日
静岡県大井川河口を通過、右手に御前崎。気象条件良好。5日に続いて本日も、20km漕いでいます。
2014年12月24日
静岡県御前崎をクリアーし、浜名湖沖を通過。渥美半島方向には入らず、一気に艇首を紀伊半島先端に合わせ、潮岬(紀伊大島)を狙うコースへ舵を取る。気象条件が良かった12月10日には20km、続いてクリスマスイブでもある本日24日は、5時から予定があるので14km漕いで、本年度の漕ぎ納めと致しました。
2015年2月1日
東京ー名古屋間をクリヤーしました。 日頃から年間400km以上を漕いでいたので、ペースを落すつもりでしたが、ついついがんばってしまって、200kmを約半年間でクリヤーしてました。
「日本帰港ルートへ夢の続き」を戻すと、小笠原諸島をクリヤーして伊豆諸島に入り、東京より600km離れたアホウドリ群生で有名な「伊豆鳥島(あのジョン万次郎が漂着した島)」をクリヤーした所です。あと300kmで「八丈島」に到達する距離です。
2015年1月4日は、気温8度で風強く・波高く、気象条件が悪かったのですが、「出初式」として10km根性でがんばりました。続く1月14日も、やはり気温8度でしたが、体慣らしで16km漕波した所で、雨が降ってきたので中断しました。1月事績は、26km漕波で終了です。
2015年3月1日
2月実績は、全く「寒さ・風・波」という私を阻む気象状況に負けちゃいました。海に漕ぎ出たのは2月25日の1回だけ、気温10℃必死に漕いで20kmOnly。名古屋から26km和歌山寄り、1月2月は負け。3月はがんばります。
2015年4月1日
3月25日 波高し 12kmのみ。三重県志摩半島、真珠養殖いかだを眺めながら、南志摩浜島沖をよたよた。さて、4月は熊野灘です。
2015年5月1日
4月の合計漕波距離は48km(1日=9km、22日=20km、29日=19km)。暑くなってきました。この時期は、紫外線が強く顔がピリピリする。「日焼け止めクリーム」使ってるんですけどね。
2015年6月 1日
5月の合計漕波距離は73km(6日=17km、13日=16km、20日=20km、27日=20km)。暑い。 紫外線が強い。JRの表示に戻すと、がんばって京都に着ました。あと41kmで大阪です。
2015年7月 1日
6月の合計漕波距離は94km(3日=18km、10日=26km、17日=25km、24日=25km)。6月いずれの水曜日も、「気温(24℃)・天候(曇り)・波(穏やか)・風(微風)・病院の都合・気力」の6拍子が揃って、絶好調でした。年間(7/1~6/30)漕波距離は、例年のペースキープで、400kmを越えてしまいました。2015年度は、「200kmぐらいにペースダウンしないと」もうすぐゴールに到達してしまいます。その場合には「目標漕波距離を、あと1,000km延長して、16,000kmにしよう」とも考えています。
2015年8月 1日
7月の合計漕波距離は、7月1日17kmの一回のみ。トラブル発生です。船が3時間の漕艇で、後部荷物室に5リットルほどの浸水あり。海の上での「船内への浸水」は、事故につながる危険なことです。艇庫で、逆に「船に水を入れて」原因確認。舟底後部に、結構はっきりとした「浸水穴」を2箇所見つけました。近くの「前川造船さん」に頼み込んで、船底の「穴ふさぎ」等の大修理をしていただきました。しかし、シーカヤック特有の「細かな操縦装備」のいくつかは、自分で修理調整をします。次回のカヤッキング(出漕艇)は、9月2日の予定です。しばらく「愛艇にも、化粧直しと夏休み」をあげます。
2015年10月 1日
2015年度(7月1日~2016年6月30日間)年間漕波目標を、280kmにペースダウン設定しました。9月の合計漕波距離は、合計4回=72kmでした。現在、伊豆諸島八丈島(東京から294km)をクリヤーした所です。御蔵島201kmに向かっています。先日9月16日は雨、しかし波は穏やかでしたので、病院の居候犬「パグのC・J(シー・ジェイ)」に、「シーカヤック乗船トレーニング訓練」を開始しました。ドジこいてカヤックから海に転落しました。もちろん、犬といえども救命胴衣を着用しています。すぐに海から引き上げましたが、ビックリした様子でした。私と一緒に遊びたいなら、「海に慣れろ」と教育開始です。チョットスパルタ式ですが、けっしてイジメではありません。9月30日二回目の訓練では、ちゃんと自分の席で、いい子にしていました。70点です。
2015年11月 1日
10月の合計漕波距離は、合計3回=47kmでした。現在、福岡への帰路コースでは、因島~今治間の本四橋の下をすでに通過して、もうすぐ広島と言う所です。
10月28日は晴れでしたが、波・風が強く完璧にかた先生の負け。6km漕いでギブアップでした。
CJ病院の居候犬「パグのC・J(シー・ジェイ)」を、「悪天候時のシーカヤック乗船訓練」を実施しましたが、「離岸直後」高い浪に、あおられ1秒で転覆しました。C・Jは冬バージョンのライフジャケットを着せていて,セーフでした。
2015年12月 1日
11月の合計漕波距離は、合計1回=16kmでした。現在、福岡への帰路コースでは、広島に着いて「お好み焼きを食べている」と言う所です。11月は多忙で、カヤッキングは11月25日一回だけでした。早朝から雨で、海はうねりが1.5m以上ありました。しかし昼前に天候が回復、当然がんばりました。すぐに出艇準備にかかっていると、居候犬「パグのC・J(シー・ジェイ)」がヤル気(ファイティングポーズ)を見せたので、「シーカヤック乗船訓練」を実施しました。
眠そうな C.J.慣れてきたのか、船の中で「イビキ」をかいて寝ていました。私(かた先生)は必死で、汗だくで漕いでいます。
2016年 1月 1日
12月の合計漕波距離は、合計1回=22kmでした。現在広島市を離れて安芸の宮島・厳島神社の鳥居を眺めて、もみじ饅頭を食べているところかな。本筋の「日本漕ぎ帰り」に戻すと、伊豆諸島に入り「三宅島」に到着と言う所です。12月は天候が良かったのですが、本業の「かた21動物病院」の仕事が忙しくて、1回だけの出艇でした。1月は1月6日が出初式・初出艇14kmの予定です。もちろん出初式ですので、居候犬C・Jも鉢巻締めてがんばります。
2016年 2月 1日
1月は6日(24km)と27日(20km)の2回の出艇、漕波距離合計2回=44kmでした。現在広島県から山口県岩国市に入ったところかな。本筋の「日本漕ぎ帰り」に戻すと、伊豆諸島の「利島(としま;東京から135km)」を出発した所で、次は三原山のある大島に向かうところです。「1月6日24km漕波」早朝に愛宕神社にお参りに行き、10時半から出初式・初出艇。気温12℃曇り;いきなり24km漕波しちゃいました。海面状況が安定していたので、調子乗りました。しかし、一ヶ月ぶりのカヤッキングでしたので、私の腕の筋肉はピシピシときしむような痛さでした。「1月27日20km漕波」C・J海に転落;気温9℃、1時30分昼食のマリゾンビーチ着岸3m手前で、パグの「居候犬C・J」が真冬の海に転落しました。今年も「ドジ丸出し」です。
2016年 3月 1日
2月は2回の出艇、3日(12km)と10日(21km)、漕波距離合計2回=33mでした。現在、山口県下関あたりでフグでも食べているところかな。本線で言うと三原山のある大島に到着。この調子だと、「4月後半4月27日に帰国予定です」。困ります、早すぎます。 ちょっと考えます!! 
2016年 6月 1日
5月26日;まる3カ月間、シーカヤックで海に出る事を中断しておりました。「天国に一番近い島」まで、2度旅行に行っておりました。しかし、残り96kmを漕波して「夢の続き達成」の約束を果たす為に、優秀なチームのサポートをいただき「心臓をサイボーグ化」して再起動を開始いたしました。ただし、以前のように「1日に16km(10マイル)以上を漕ぐ」では無く、以後は「1日の漕波距離を10km前後」に修正致しました。それで新しく、博多湾内に10km・11km・12kmの三つのコースを設定し、5月26日にはウォーミングアップを兼ねた11kmです。食事後の帰り道は風と波が出てきて、だいぶ押されましたが、気分は快調でした。次回、6月1日の出艇はC・Jと共に。
2016年 7月 1日
6月前半の海は安定していて、出艇2回で29km(6月1日 11km、6月8日 8km)漕波です。後半は雨ばかり降っていました。 シーカヤックただ乗り「居候犬C J (シージェイ)」の乗船写真を取るために、携帯電話用防水ケースを買ったんです。時々写真掲載が、できるようになりました。
2016年  8月 1日
7月 暑くなりました。海上で漕いでいるときは、暑さはそれほど感じないのですが、岸に上がると暑いです。また、海面からの反射光も含めて日差しが強く、この時期のカヤッキングには「日焼け止めのクリーム」が必需品です。今月の出艇1回で9km(7月13日)漕波です。毎年の事ですが、7月15日~8月31日までは、暑いので海に出るのは中断いたします。シーカヤックの整備・修理期間です。一回の漕波距離ペースを落としているので、日本帰国は10月末の水曜日10月26日の予定です。
2016年  9月 1日
8月 暑すぎます。 毎年の事ですが、7月15日~8月31日までは、暑いので海に出るのは中断いたします。シーカヤックの整備・修理期間です。9月7日スタートの予定。
2016年10月 1日
博多港まで到着しました。あとゴールの愛宕浜ビーチまで15km。もう、ゴールが見えています。あと2回の出艇で決まりです。10月12日ゴール予定です。それとも、10月5日でゴールしちゃう?悩みます。
2016年11月 1日
2年と3カ月で最終の一セット、ゴール目標800km漕波し、復路帰国ゴールの愛宕浜ビーチに到着いたしました。感激です。皆様方のご支援と相棒CJに「やったね」の感謝の意を申し上げます。
10月5日は、台風で中止。10月12日は、満ち潮・風秒速7m・波高し、しかし根性で16km漕いじゃいました。 前月に、「10月12日ゴール予定です」を宣言しましたので、ゴールしちゃいました。相棒の居候犬CJも 「悪天候の波シブキをかぶりながら、頑張ってくれました」ゴールです。
お祝いのスパークリングワイン (ハーフボトル;868円の安物)と三ツ矢サイダーで乾杯です。花輪が間に合わなかったので、病院のクリスマス用リースを借用してお飾りです。これでも「その日の夢では、海の英雄堀江健一さんと同じシャンパン・ドンペリ」で泡あわスプラッシュ・セレブレーションでした。
  ゴールの愛宕浜です。 ール到着お祝い写真「三ツ矢サイダーとスパークリングワインと犬CJ」
(写真は、ゴールした3代目シーカヤックと相棒CJ;2016年10月12日愛宕浜)
大満足です。「ドンペリもどき868円は安物でも、CJにはもったいないので、泡立ちが似ている「三ツ矢サイダー」です。
さて、二つの困った事が発生 。
① 15,000㎞の予定が、15,001㎞。+1㎞オーバーで中途半端な数字(漕波距離)。
② 2,020年ゴールの予定が、2,016年と4年早くついてしまった。
かた先生の「一大決心;総積算漕波距離16,600kmへ」夢の続き+1,600km(1,000マイル)延長戦。「GO ROW THE SEA KAYAK ;EXTRA 1,600km(1,000㍄)」の開始です。
年間漕波距離320km(200㍄)×5年=1,600km(1000㍄)。2021年12月完了予定。「台北から南西諸島の島づたいで福岡」までの距離です。また「モニターボード上の今この辺りを漕いでいます」は、12月1日付で変更とします。

それこそ必死で漕いでいた若き時代(今でも気持ちは若者)には、「年間1,000km漕ぐ」にチャレンジしていた時期もあったのです。自分でも今思えば「アホちゃうか」とも思いますが。ですから余裕を見ても2020年のオリンピックの年には、すでに日本に漕ぎ帰ってきてビールを片手にテレビを見ていられます。ま、とにかく目標達成目前、ゴールが見えました。

「夢は大きく」です。

そうそう堀江謙一さんがやっていたように花輪シャンパンを準備しておかなくてはなりません。
(2014年11月4日:かた21動物病院;片岡昭典)

追伸、水曜日1時30分頃は福岡タワー裏のマリゾン右サイドのレストラン「マンマミーヤ」で昼食とってます。その間、1時間ほど有ります。乗りたければ船を貸してあげますよ。

シーカヤックに二人乗って

博多湾タンデムシーカヤック コックピット後 かた先生、前 LINA さん(女性)。

 

「シーカヤックは、漕ぎ出したら止められません」

もう長い期間シーカヤックを漕いでいます。全部の距離を足し算すると11,000km以上になります。あの海のヨットおじさん堀江健一さんのように「日本から太平洋を漕ぎ渡り、アメリカのカリホルニア州サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの下をくぐり、アルカトラス島を一周して、そこでUターン。ふたたび日本へと、もうそろそろハワイ・オアフ島から日本に向かって漕ぎ出しているころかなー」と、そんなことを時々夢に見ます。
もしあなたが「日本まで漕いで帰るぞ!!」と海でシーカヤックを漕いで雄たけびを揚げている人を博多湾で見かけたら、それが「かた先生」です。

病院の休診日である水曜日に、福岡タワーの裏のマリンビーチのレストランでビールを飲んでスパゲティーカルボナーラを喰ってる長靴をはいた人を見かけたら声をかけて下さい。「教えて先生 質問箱」OKですよ。シーカヤック乗りたければ、乗せてあげますよ。二人乗り(タンデム)でーチュ!(1999年12月31日)